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最高裁判所第二小法廷 昭和36年(あ)1186号 判決

判   決

会社役員

大久保利春

会社嘱託

宮道猛夫

会社員

高木太郎

右外国為替及び外国貿易管理法違反被告事件について昭和三六年四月五日東京高等裁判所の言渡した判決に対し被告人らから上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人高木太郎に関する部分を破棄する。

右被告人に関する本件を東京高等裁判所に差し戻す。

被告人大久保利春、同宮道猛夫の本件各上告を棄却する。

理由

被告人三名の弁護人満尾叶、同井出甲子太郎の上告趣意第一点および同第二点は、いずれも、事実誤認の主張、同第三点は、量刑不当の主張であつて、すべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

また記録を調べても、被告人大久保、同宮道につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

被告人高木につき職権をもつて調査すると、原判決の維持した第一審判決は、同被告人が一七回にわたり日本海外商事株式会社の業務に関し同会社の取得した非居住者カート・オーバン・カンパニーに対する外貨債権の期限の到来後遅滞なく標準決済方法によりこれを取り立てなかつたとの事実を認定し、これに対し、外国為替及び外国貿易管理法(以下「法」という。二二条三号、七〇条二二号、外国為替管理令(以下「令」という。)一〇条(第一審判決に「同法施行令一〇条」とあるのは、誤記と認める。)、刑法六〇条を適用している。しかし、法二二条は、対外支払手段等の集中義務を定めた規定であつて、債権の回収義務を定めた規定ではない。また債権の回収義務を定めた法二六条は、遅滞なく債権を取り立てるべきことを要求しているにとどまり、その際標準決済方法によるべきことを要求していない(令一〇条一項は、標準決済方法によるべきことを定めているが、法二六条は、かような定めをおくことを政令に委任していないから、右は、罰則を伴う義務を定めたものとは解せられない。)。したがつて、右第一審判決認定の事実は、それのみでは罪とならないものであつて、これに対して法二二条等を適用した第一審判決には法令の適用を誤つた違法があり、これを看過した原判決もまた違法であるというべきである。そして、右違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかであり、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するから、原判決中、同被告人に関する部分は、破棄を免れず、なお、この点に関しては、さらに事実を調査する必要があるから、同被告人に関する本件を原裁判所に差し戻すのが相当である。

よつて被告人高木については、刑訴四一一条一号、四一三条本文により、被告人大久保、同宮道については、同四一四条、三九六条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

検察官 上田次郎出席

昭和三七年七月一三日

最高裁判所第二小法廷

裁判官 池 田   克

裁判官 河 村 大 助

裁判官 奥 野 健 一

裁判官 山 田 作之助

裁判長裁判官藤田八郎は出張につき署名押印することができない。

裁判官 池 田   克

弁護人満尾叶、同井出甲子太郎の上告趣意

第一点原判決は之を破毀しなければ著しく社会正義に反すると認められる事実誤認の違法がある。

原判決は第一審判決一の(一)の事実について、

「原判決挙示の該当証拠を綜合考察すれば、右金員は後に安田弘がボストン市所在のハーバートクラブから同市にある三千百弗を取得するために、その代償として支払われたものであることを認めるに十分であり、右弗取得とは無関係な寄附に過ぎないものとは考へられないと判示している。然し被告人大久保が、日本ハーバートクラブ会計幹事堀越勉に対し交付した合計金百十二万二千円也は弗取得とは無関係のものであることは疑いない、このことは、ボストン市所在ハーバートクラブから日本留学生に交付される奨学金は無償であつて、対価の観念を容れる余地のないものであること、本件の金員はハーバートクラブに対する寄附金であつて、ボストンのハーバートクラブに対する寄附金ではないこと、而して日本のハーバートクラブは右寄附金をもつて、書類を購入しボストン市所在のハーバートクラブには関係なく、ハーバート大学東洋史学部に送付している事実、並に本件においてはこの書籍購入送付とボストン市所在ハーバートクラブの奨学金交付との間に関連性が認められないこと等によつて認められるものである。

被告人大久保は、安田弘をハーバート大学に入学せしめ、且つ入学後ボストンのハーバートクラブから奨学金の交付を受けたい希望をもち、このために、日本のハーバートクラブ幹事堀越勉に対し推薦方を依頼した事実は争いないが、この推薦があつた場合必ず、同大学に入学出来るという筋合のものではなく厳重な選考があり、それに及第した場合に初めて奨学金の交付が受けられるものであつたことは被告人大久保もよく承知していたことは本件において争いないところである、然も尚多額の寄附をしたのは、当時ハーバート大学史学部から日本のハーバートクラブに対し朝鮮、中国等の書籍を購入して送つてもらいたいという申入れがあり、このことを堀越が被告人に話したので被告人大久保も旧財閥安田の相続人のことを頼む以上その体面としても書籍購入費の寄附位は止むを得ないものと考え、独自の判断において寄附を申入れたものであつて、このことは奨学金の交付とは全く別個な事実関係に属するものである。従つて本件においては奨学金の交付の代償として金百十二万二千円が支払われたものでない事が明らかであるから、この点において原判決は冒頭の違法がある。

第二点 原判決には前点同様の違法がある。

原判決は第一審判決第四の事実に対する弁護人の主張を排斥している。

然し被告人高木は原判示の如く、実際の輸入契約金額より高価で輸入手続をし、その差額分として発生する外貨債権を日本海外商事株式会社ニユーヨーク駐在事務所において回収し、之を同駐在事務所の経費等にあてようと企てた事実はない、又鉄鋼類の輸入に際し実際の輸入契約金額より高価で輸入手続をした事実は争いないが、この輸入手続の価格は所謂仮の価格であつて、実際の輸入価格との差額は、当時の鉄鋼貿易取引においては契約時から船積受渡をするまでの間に常に必ず生ずる値上り等の経費の支弁は、輸入商社がこれを負担しなければならないという慣行があつたため、これ等を見越した価格の輸入申請をして通産省の許可を受けたものであり、且つ現実にこれ等値上費の支弁等に費つていたのである。

本件において被告人が差額分として発生した外貨債権中八千八百弗を契約価格を上廻つて支払つている事実は本件記録中の昭和三二年一一月四日附田淵英男の始末書の記載によつて明かである。この事実は当時の貿易による鉄鋼取引の特殊性即ち契約価格では取引をなし得ないという事実及び値上り分は輸入商社において支払はなければならないという取引慣行があつたという事実を証するものと云はなければならない。従つて原判決が弁護人の主張に対し「しかして、原判決挙示の証拠を綜合すれば、本件差額分は輸入鉄鋼の値上り分等の支払のためではなくして、同駐在事務所の事務的諸経費に充てるためのものであつたのである」と認定していることも誤認であるし、又「輸入品の契約当時から船積受渡までの間の値上り分を輸入者において支払はねばならぬとの貿易慣行が存するとは認め難く、且つ右値上り分の支払のために契約金額よりも高価で輸入手続をすることが、それ自体違法でないとの所論は独断であつて採ることができない」との認定も亦違法であると云はなければならない。

以上の次第であつて、被告人高木に犯罪は成立しないのであつて、この点から原判決には冒頭の違法がある。

第三点 原判決には之を破毀しなければ社会正義に反する量刑不当の違法がある。

一、本件被告人等の行為当時と現在とを比較すれば、その行為当時は現在に比し為替、貿易事情が相当窮屈であつたことは争いないが現在は為替自由化が大幅に認められ、近い将来為替管理は全面的に撤廃される機運すらみられる実情にあるものである、本年六月十八日附朝日新聞朝刊一面の記事によれば「八条国移行、不可避か、鈴木世銀理事帰国談」の見出しの記事によれば「I・M・F世界銀行理事鈴木源吾氏は、二十一日から開かれるI・M・Fの対日年次協議に、オブザーバーとして出席のため十六日夜帰国十七日大蔵省での記者会見で「日本は国際収支を理由とした為替制限をこれ以上続けることは難かしいだらう」と、我国のI・M・F協定八条国移行が避けられない見透しであることを示唆した」云々と述べ、その詳細について説明しているのであつて、斯る事態のもとにおいて、被告人等に重い罰金刑を課すべき必要はないものと思料する。

二、殊に被告人は、本件の違反によつて一銭の私腹を肥した訳でもなく、私腹を肥やす目的のために行なつたものでもない。記録によつて明かであるように、会社の業務に関連して親類の便宜を図つたとか、又は会社の重要取引先会社の責任者の海外旅行に際し手持弗を公定価格で用立てたり、或は預り円をその指示する者に交付したとか、或は一般に行われている貿易取引の実際に従つて貿易事務の処理をしたことが違反として処罰されたものであつて、その情状において極めて軽い且つ同情すべき余地があるものといわなければならない。

三、被告人等には前科もなく、我国経済界において貢献的活動をしているものである。殊に被告人大久保は朝日物産株式会社取締役として現在ニユーヨーク支社の支店長、被告人高木は同社機械部長、被告人宮道は沖電気株式会社の取締役をしており、何れも素性正しく真面目生活をしているものである。

何卒之等の事実事情を考慮され、仮に罰金刑を相当とするとしても、これに執行猶予の御寛典賜わらんことを切に希望するものである。 以上

検察官上田次郎の答弁書

第一、被告人大久保、宮道、高木の弁護人上告趣意は、原審は肯認した第一審判決が被告人大久保につき認定した判示一の(一)の事実、及び被告人高木につき認定した判示四の事実につき、何れも事実の誤認があり、また右被告人三名に対する量刑も不当であることを主張し、被告人末松の弁護人上告趣意は、同被告人につき第一審判決が認定した事実に誤認があると主張するが、訴訟記録に徴するも、第一審判決にはその主張するような事実の誤認もないし量刑の不当もない。

第二、次ぎに原審が肯認する第一審判決は、被告人高木に対する判示事実につき、外国為替及び外国貿易管理法(昭和三三年法律一五六号による改正前のもの、以下、法と略称)二二条三号、七〇条二二号、外国為替管理令(以下、令と略称)一〇条、刑法六〇条を適用しているので、右法令適用の当否につき、意見を述べる。

(一) 法は為替管理の必要上、非居住者に対し債権を取得したときは、法二六条一項により、当該債権の期限の到来条件の成就後、遅滞なくこれを取り立てるべき債権の回収義務を課し、次いでその回収したところのものを、外国為替公認銀行等の集中機関に集中させるべき集中義務を居住者に課しているのが法二二条である。然るに第一審判決が同被告人につき認定した事実は、本邦に事務所を有する居住者たる日本海外商事株式会社が取得した、米国所在カート、オーバン、カンパニーに対する外貨債権につき、同被告人は同会社の業務に関し、該債権の期限の到来後、遅滞なく標準決済方法により、これを取り立てなかつたというのであるから、法二二条に規定する集中義務に違反した事実を認定したものでなく、その前提である債権の回収義務に違反した事実を認定したものである。従つて同被告人の本件所為については法二六条一項を適用すべきにかかわらず、法二二条を適用した第一審判決は、法令の適用を誤つた違法がある。

(二) ところで法二六条一項を見るに、同項においては、非居住者に対する債権を取り立てる場合の決済方法については、何等定めるところがない。しかしながら非居住者に対する債権を取り立てる場合、他の法令にその決済方法についての定めがあるときは、これに従わねばならぬことはいうまでもない。而して法二六条一項の委任を受けた令一〇条が右の場合の決済方法を定めた規定であるようにも見受けられる。

しかし法二六条一項が政令で定める場合を除いては、非居住者に対する債権は遅滞なく取り立てねばならぬと定めている趣旨は、政令の規定で、この義務を緩和乃至免除している場合を除いては、総べて右の義務が課せられるとの趣旨であり、その範囲の事項を定める場合を政令に委任しているものと解する。従つて法二六条一項の委任を受けた令一〇条は、法二六条一項の定めた義務を緩和乃至免除する場合を定めた政令の規定と見なければならない。

然るに令一〇条は、非居住者に対する債権の取り立てが、標準決済方法によらねばならぬ場合を定めているので、法の委任の範囲を超えて義務を課しているごとく見受けられる。しかしそれは、他の法令の規定で、標準決済方法によるべきことを定めている場合のあることを前提とし、その定めている範囲内において標準決済方法に関し規定したに過ぎず、新たな義務を課したものではないと解する。従つて右債権取り立ての決済方法は、令一〇条によるべきでなく、他にこれを定めている法令の規定によるべきである。而して、本邦内において非居住者に対し債権を取り立てる場合の決済方法については、法二七条乃至二九条の委任を受けた令一一条一項、二項がこれを定めているものと解されるのであつて、かかる場合の決済方法は令一〇条によつて緩和されていない限り、令一一条の規定によるべきものと解する。

(三) 法二七条一項二号後段は、本邦において非居住者からの支払の受領をすることを一般に禁止し、同条の委任を受けた令一一条一項、二項において、この制限を緩和し得る場合を定め、主務大臣の許可又は他の法令の規定による許可、認可、承認等を受ければ、これを行なうことができるものとしている。而してこの許可等によつて本邦において非居住者からの支払の受領をするに当り、その場合の決済方法としては、標準決済方法とそれ以外の決済方法である標準外決済方法を定めている。標準外決済方法によつて支払の受領を行なう場合には、支払の受領に関する許可等のほか、標準外決済方法によることの許可を必要とするが、非居住者からの支払の受領が標準決済方法によつて行なわれる場合には、決済方法については、改めて主務大臣の許可を受ける必要がないとしているのであつて、決済条件を附して、本邦において非居住者からの支払の受領をすることに対する法の禁止を緩和しているのである。

債権の取り立てが、支払の受領をもたらす行為である以上、本邦において非居住者に対し債権を取り立てる場合には、本邦において非居住者からの支払の受領につき令一一条の定めている決済条件に従つて、取り立てを行なわねばならぬことは当然であり、かかる決済条件が附せられている場合に、この条件に従わないで行なつた債権の取り立ては未だ取り立てをしたことには当らない。即ち令一一条一項、二項が、本邦において非居住者に対し債権を取り立てる場合の決済方法を定めているとする所以である。

(四) 然るに第一審判決は同被告人の本件所為につき、法二二条三号、令一〇条、法七〇条二二号を適用しているところから見れば、令一〇条が二二条の委任を受けた命令の規定であり、これに違反したものとして、法七〇条二二号を適用したものと解される。しかし令一〇条は、債権の回収義務に関する規定であるから、集中義務を規定した法二二条の委任を受けた命令の規定ではないし、新たな義務を課する規定でもない。それにもかかわらず令一〇条を適用し、この規定に違反するものとして法七〇条二二号を適用したことは、法令の適用を誤つたものといわねばならない。

(五) 本件外貨債権をカート、オーバン、カンパニーから取り立てる場合の決済方法については、令一一条二項八号に規定する標準決済方法によるべき場合に該当する。而して各種の取引に関するそれぞれの決済方法は、「標準決済に関する規則」(昭和三五年六月大蔵省令二八号による改正前のもの)の附表で定められているところであるが、本件外貨債権を取り立てる場合の標準決済方法は、同規則の附表第三の一項の定める場合に該当するところ、同被告人は右に定められた標準決済方法により、本件外貨債権の取り立てを行なつていない。

本件外貨債権の取り立てが、標準決済方法によつたものでない以上、法二六条一項の取り立てをしたことには当らず、同被告人の本件所為は、同項に違反し、法七〇条七号の適用を受けるものといわねばならない。然るに法二二条三号、七〇条二二号、令一〇条を適用した第一審判決を肯認した原判決には、法令の適用を誤つた違法があるけれども、法七〇条七号も、法七〇条二二号も法定刑には差違がないのであるから、この違法は判決に影響がない。

その他訴訟記録に徴しても、各被告人につき刑事訴訟法四一一条所定の事由は認められないから、本件各上告は何れも理由がなく棄却するを相当と思料する。

以 上

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